横浜で外人用の墓地を探してみる

横浜で「墓地」と検索すると外国人墓地と出てくる位横浜では有名です。 外国人墓地横浜市内に4ヶ所あり「中華義荘」「横浜根岸外国人墓地」「英連邦戦死者墓地」そして「横浜外人墓地」です。中華義荘は横浜市中区にあり地元では南京墓地とも言われています。1859年に横浜が開港すると沢山の欧米人がやってきてその中に欧米人に雇われた中国人もいました。その後も中国人の数も増え続け明治5年に家が建ち今の中華街の礎となる華僑社会ができ、人口増加により墓地が必要となりできたのが中華街荘です。横浜根岸墓地も欧米人、中国人の増加により山の手にある外国人墓地だけでは収まりきらず明治35年に新たに新設された墓地です。このように各墓地には色々な歴史がありその歴史を知ることによって勉強になります。

横浜の外国人墓地をもう少し詳しく見てみましょう。

一番有名な横浜外人墓地。現在は財団法人が管理しており19世紀~20世紀かけて外国人が役4400人葬られています。始まりはペリーの意向により死者を葬って欲しいと言うものでしたが、のちに日本に住みだす外国人の遺体が集まるようになり、今は外国人専用の墓地となっています。中華義荘は前記事でもあげましたが、横浜開港からの歴史ある墓地です。その後横浜根岸外国人墓地が明治35年にでき、昭和21年終戦後に第二次世界大戦で命を落とした、英国、オーストラリア、インドなどの英連邦兵士などが埋葬されています。日本にとって第二次世界大戦はけして良い思い出のない出来事ですが、同じことをくりかえさないためにも歴史を知る良い場所ではないでしょうか。横浜外人墓地は冬季意外の週末200円の入場料で見学ができます。

横浜外国人墓地日本にとって大切な墓地なぜでしょうか。

実は横浜外国人墓地と言いますが日本人墓地と言っても良いくらいゆかりがあります。異国情緒ただよう横浜は現在は観光スポットにもなっていますが、そんな横浜が発展したのは1858年に横浜開港がきっかけです。その後、外国人居留地が設けられ外国人が増加してきました。その外国人が日本に西洋文化をもたらしました。また、多くの技術者が招かれ日本の近代化に大きな貢献を残してくれました。しかし、尊皇攘夷運動が活発化しており外国人が関連する問題が起きていたのと、不慮の事態や病気で亡くなる外国人のために設けられたのが横浜外人墓地です。このように日本の発展に貢献してくれた外国人の方を日本人と外国人と区別してはいけないと思います。日本のために働いてくれた、命をかけてくれた人たちを日本人と呼んでもいいのではないでしょうか?